オークランド・アスレチックスへと加入した、 松井秀喜選手の活躍を追っていくページです。MLB2011シーズンが開幕し、松井選手はどのような活躍を見せてくれるでしょうか?
9月29日(木)更新
| 松井秀喜 メジャーリーグでの成績一覧 | |||||||||||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| SEASON | TEAM | G | AB | R | H | 2B | 3B | HR | RBl | TB | BB | SO | SB | CS | OBP | SLG | AVG |
| 2003年 | NYY | 163 | 623 | 82 | 179 | 42 | 1 | 16 | 106 | 271 | 63 | 86 | 2 | 2 | .353 | .435 | .287 |
| 2004年 | NYY | 162 | 584 | 109 | 174 | 34 | 2 | 31 | 108 | 305 | 88 | 103 | 3 | 0 | .390 | .522 | .298 |
| 2005年 | NYY | 162 | 629 | 108 | 192 | 45 | 3 | 23 | 116 | 312 | 78 | 78 | 2 | 2 | .367 | .496 | .305 |
| 2006年 | NYY | 51 | 172 | 32 | 52 | 9 | 0 | 8 | 29 | 85 | 23 | 23 | 1 | 0 | .393 | .494 | .302 |
| 2007年 | NYY | 143 | 547 | 100 | 156 | 28 | 4 | 25 | 103 | 267 | 73 | 73 | 4 | 0 | .367 | .488 | .285 |
| 2008年 | NYY | 93 | 337 | 43 | 99 | 17 | 0 | 9 | 45 | 143 | 38 | 47 | 0 | 1 | .370 | .424 | .294 |
| 2009年 | NYY | 142 | 456 | 62 | 125 | 21 | 1 | 28 | 90 | 232 | 64 | 75 | 0 | 7 | .367 | .400 | .274 |
| 2010年 | LAA | 145 | 482 | 55 | 132 | 24 | 1 | 21 | 84 | 221 | 67 | 98 | 0 | 1 | .361 | .459 | .274 |
| 2011年 | OAK | 141 | 517 | 58 | 130 | 28 | 0 | 12 | 72 | 194 | 56 | 84 | 1 | 1 | 0.321 | .375 | .251 |
当初は自宅から近く、兄も通っていた公立の小松明峰高校に進学するつもりだった松井であったが、のちに入学する星稜高校の山下智茂監督からの熱烈な勧誘や、中学野球部の指導者に薦められて星稜に進学することに決めた。
投手として入部したが、すぐに野手に転向。一塁手を経て三塁手に転向する。1年生から4番打者を務めたが、夏の甲子園では3打数0安打でチームは初戦で敗退した。
高校2年夏の甲子園では規格外のパワーと才能の片鱗を見せ注目を浴びる存在となった。
上級生が引退後の新チームでは、松井の統率力や影響力を高く評価され、キャプテンに指名される。
高校3年春のセンバツでは開幕試合の初戦、宮古戦で2打席連続HR、1試合7打点、2試合連続本塁打と、当時の大会記録をマークした。
勢いに乗る2回戦では堀越のエース山本幸正から膝元に切れ込む鋭いカーブを本塁打したのを長嶋茂雄が見ていたのがきっかけで、巨人が獲得に動いたという話が有名である。しかし、準々決勝の天理戦では本塁打は出ず、自らのエラーもありチームは敗退した。
夏の甲子園は2回戦の対明徳義塾戦で敗退。この試合で松井が受けた5打席連続敬遠は、社会問題にまで発展した。
■1993年【年俸:840万円】ドラフト1位でジャイアンツに入団した松井はオープン戦で力を発揮できず、二軍落ち宣告される。5月に1軍デビューを果たし翌日にプロ初HRを放つ。
■1994年【年俸:2100万円】2年目はシーズン20本塁打を放つなどチームのリーグ制覇に貢献。日本シリーズも制して日本一を味わった。
■1995年【年俸:6200万円】3年目はシーズン22本塁打を放ち、初のベストナインを受賞。
■1996年【年俸:8000万円】4年目は自身初の開幕4番スタート。夏場には7月、8月と2か月連続で月間MVPを獲得するなど、大逆転優勝に大きく貢献。初のセ・リーグMVPを受賞した。
■1997年【年俸:1億6000万円】5年目は37本塁打を放ったが本塁打王争いに1本差で敗れ、史上初の2年連続1本差でタイトルを逃すことになった。
■1998年【年俸:2億2000万円】6年目は故障やスランプにも悩まされたが、最終的には34本塁打、100打点で自身初となる本塁打王、打点王、最高出塁率のタイトルを獲得した。
■1999年【年俸:2億8000万円】7年目はケガの影響が響いてロベルト・ペタジーニと2本差で本塁打王を逃すことになるが自己最高の42本塁打を記録。
■2000年【年俸:3億5000万円】8年目は本塁打王、打点王、最高出塁率、シーズンMVP、日本シリーズMVP、ゴールデングラブ賞を受賞し、巨人の日本一の立役者となった。
■2001年【年俸:5億0000万円】9年目はプロ1000試合目の出場で通算250本塁打を達成。
■2002年【年俸:6億1000万円】10年目は前年同様打球が上がらず76試合で18本塁打だったが、後半戦は64試合で32本塁打という驚異のペースで打ち続け、自己最多、史上8人目の50本塁打を記録する。この年は打率、本塁打、出塁率では自己最高の成績で、本塁打王、打点王、最高出塁率、シーズンMVPを獲得した。
| 松井秀喜 日本プロ野球での成績一覧 | ||||||||||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| SEASON | G | AB | R | H | 2B | 3B | HR | RBl | TB | BB | SO | SB | CS | OBP | SLG | AVG |
| 1993年 | 57 | 203 | 27 | 41 | 9 | 0 | 11 | 27 | 83 | 17 | 50 | 1 | 0 | .296 | .451 | .223 |
| 1994年 | 130 | 569 | 70 | 148 | 23 | 4 | 20 | 66 | 239 | 57 | 101 | 6 | 3 | .368 | .475 | .294 |
| 1995年 | 131 | 569 | 76 | 142 | 31 | 1 | 22 | 80 | 241 | 62 | 93 | 9 | 7 | .363 | .481 | .283 |
| 1996年 | 130 | 569 | 97 | 153 | 34 | 1 | 38 | 99 | 303 | 71 | 98 | 7 | 2 | .401 | .622 | .314 |
| 1997年 | 135 | 596 | 93 | 144 | 18 | 0 | 37 | 103 | 273 | 100 | 84 | 9 | 3 | .419 | .564 | .298 |
| 1998年 | 135 | 603 | 103 | 142 | 24 | 3 | 34 | 95 | 274 | 104 | 101 | 3 | 5 | .421 | .563 | .292 |
| 1999年 | 135 | 573 | 100 | 143 | 24 | 2 | 42 | 108 | 297 | 93 | 99 | 0 | 4 | .416 | .631 | .304 |
| 2000年 | 135 | 590 | 116 | 150 | 32 | 1 | 42 | 104 | 310 | 106 | 108 | 5 | 2 | .438 | .654 | .316 |
| 2001年 | 140 | 611 | 107 | 60 | 23 | 3 | 36 | 107 | 297 | 120 | 96 | 3 | 3 | .463 | .617 | .333 |
| 2002年 | 140 | 623 | 112 | 168 | 27 | 1 | 50 | 106 | 346 | 114 | 104 | 3 | 4 | .461 | .692 | .334 |
■2003年【年俸:$6,000,000 約5億4000万】巨人からFA権を行使してニューヨーク・ヤンキーへの入団決定。MLBオールスターに初出場、ワールドシリーズでは日本人初HRを記録。
■2004年【年俸:$7,000,000 約6億3000万】2年連続オールスターに出場。筋力アップの影響でシーズン31HRを記録 プレーオフでも打撃は絶好調だったがチームはWS進出を逃す。
■2005年【年俸:$8,000,000 約7億2000万】3年連続MLB全試合出場。 メジャーでは自己最高となる打率.305、116打点を記録。 4年総額5,200万ドルでヤンキースと契約を延長。
■2006年【年俸:$13,000,000 約11億7000万】左手首の骨折でシーズンの大半を欠場する。チームは9年連続で地区優勝するも、2年連続でディビジョンシリーズ敗退となった。
■2007年【年俸:$13,000,000 約11億7000万】日米通算2000本安打を達成。 チームは3年連続で地区シリーズ敗退、松井も4戦で打率.182(11打数2安打)に終わった。
■2008年【年俸:$13,000,000 約11億7000万】日本人女性とニューヨーク市内で挙式。 シーズンは左膝の故障により 打撃は低迷 。4年連続プレーオフ進出とはならなかった。
■2009年【年俸:$13,000,000 約11億7000万】指名打者での年間最多HRの球団記録を更新。一時はMLB2度目の30発超えも期待されたが、惜しくも届かなかった。
それでも、メジャー移籍後では2番目に多い28本塁打を放ち、チーム3位の90打点を叩き出す勝負強さでヤンキースを3年ぶりの地区優勝に貢献した。
ポストシーズンでは大舞台での勝負強さを披露、ワールドシリーズでも大活躍!13打数8安打3本塁打8打点を記録し、 9年ぶりの世界一に貢献し見事MVPに選出された。
ヤンキースとの契約満了に伴って、FAを申請。ヤンキースのブライアン・キャッシュマンGMは松井を守備復帰させる方針がないことを断言。
結局、守備復帰を熱望する松井秀喜へはオファーはなかった。その後レッドソックス、マリナーズ、メッツなど10球団ほどのチームが松井に興味を示したが、
守備復帰の機会を確約してくれたことが決め手となり、ロサンゼルス・エンゼルスと推定年俸600万ドルで単年契約を結んだ。
この契約によって松井はエンゼルスでは、初めての日本人野手となり、背番号は、読売ジャイアンツ時代及びニューヨーク・ヤンキース時代と同じ「55」に決定している。
MLB 2010シーズン エンゼルスのスプリングキャンプでは、報道陣が倍増するなど早くも松井効果をチームにもたらしている。
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